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 お店 を探 検




Let us have a tour around the house of Katsunosuke, our cultural heritage.



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  商店の写真集

〜時代が変わっても変わらないもの、変わってほしくないもの、守りたいもの。そんな何かが「山本勝之助商店」にはあります。〜
それを皆さんと分かち合えたら、という願いを込めて、写真集をつくりました。

Main Building  母屋と店舗

母屋は山本勝之助商店を創業する以前の、当店が木蝋(ろうそく)問屋を営んでいた江戸時代に建てられたものです。
明治39年(1906年)に3階を増築して以来ほとんど改装しておらず、当時のたたずまいが残っています。
母屋・店舗
高速道路を降りて東に向かうと、見えて来るのがこの風景です。 ここが商店の部分です。2階は昭和40年代までは住み込みの従業員の部屋でした。 「手廻しせねば雨が降る」の看板です。昔からこの場所にかかっています。
玄関右の上がり口の部屋には、かねいちのロゴ入りの箱がいくつも壁の上にかかっています。箱には提灯などが入っています。

扉を開けるとお座敷の外周廊下に出ます。
ここの雑巾掛けは子供の仕事でした。

廊下のガラス戸です。戸袋に収めて開けます。
文化財調査員によると、この1枚1枚波打っているガラスがとても貴重だそうです。

3階です。ここで勝之助は浄瑠璃を演じていたそうです。








3階は外周部分がありお城の天守閣のような構造です。ガラス戸がなく雨風が室内に入り込むので、天気の悪い日は雨戸があけられません。ここからは360度の方角が見渡せます。
子供の頃のおもいで よしえ

お座敷のガラス戸と回廊を拭くのは私たち子供の仕事でした。学校が休暇に入ると「待ってました」とばかりに母が雑巾籠を差し出し、休みの開放感を一気に打ち砕くのです。

まずはガラス戸から。拭き方は半端なことは許されません。いきなり硝子を拭いてかかかるのはご発度!まず濡れ雑巾で桟を拭き清めることから始めます。硝子は桟の隅っ子を丸くふき残すと掟破りです。雑巾を四つ折りにしてその角を桟の隅っ子にピッタリ合うように突っ込みます。これは私が子供ながらに考えた新発明でした。母はさらに丁寧に古い割箸や竹串で攻めてました。

回廊は、時代劇でお寺の小僧さんがするように、雑巾を両手で抑えお尻を上げてダダダッと廊下を駆け抜ける・・・そんな気持ちのよい仕事は「もってのほか」でした。

まず定位置に座り、自分の腕が届く範囲で木目に沿って少しずつ拭いていくのです。
雑巾は固く絞っておくこと。ベチョベチョはだめ。一箇所に座って拭くのは雨漏りのシミや蜘蛛の糞(見たことありますか?)を見逃さないため。これらをやさしく丁寧に拭き取っていくのです。一区間終わったら次の区間に移動、同じように木目に沿って拭いていく。お手伝いというより修行に近かったなぁ・・・

それで仕事は終わりではありません。厳しい母の検閲が待っています。母はありとあらゆる角度から私達の拭いたばかりのガラスや床に目を凝らし、少しでも拭き残したところがあればやり直しです。母の信頼を勝ち取るまでに何年費やしたことでしょう。(笑)

                                                        
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中庭・裏庭
Garden

お座敷からみえる中庭です。。中央の灯篭の左側に小さな山椒の木があって、「木の芽和え」をするときに若葉を摘みに来たものです。青虫がこの山椒の葉を好きで、おいしそうに食べていました。20年ほど前に枯れてしまいました。
庭の南側にある布袋さんの石像です。向かい合うと何ともいえない癒しの表情をしています。






庭の外壁です。外の畑かた見たところ。この溝には毎年6月ころに小さな蛍が飛びかいます。






ご存知「二宮金次郎」です。
最近は学校にも見かけなくなりました。







隠居  To the top
Annex
隠居
代々、家業継承後の当主が隠居しておりました。中国のお寺のような外観やカエルの石造、ふすまや戸袋に貼ってある書画が、
何ともユニークで不思議な空間です。昭和初期の洋風な洗面所は、トトロの家の雰囲気があります。

玄関です。昭和40年代、母屋のテレビはまだ白黒でした。「巨人の星」を隠居のカラーテレビで見せてもらいました



西から見たところ。お隣の火事でこの棕櫚の木は焦げましたが、家は類焼を免れました。


本物の蛙は見るのも嫌ですが、この巨大な石の蛙はなぜか子供の頃から愛うしいです。




隠居のお座敷。襖に多くの書が貼りつけられています。ここに訪れた人が記念に書き残したものです。



洗面所です。子供心にもレトロな洋風のつくりで、おしゃれな感じがしていました。
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Inner Warehouse
奥の蔵
ここは夏になれば籐の椅子が、冬には火鉢やストーブが、法事の時には揃いの湯呑みが、ドラえもんのポケットのように必要なものが、魔法のように出てくる蔵でした。
まえの倉庫  To the top
Front Warehouse
前の蔵
かつては棕櫚の箒やロープがここから荷積みされていきました。(左から2枚目は昭和30年代当時の写真です)
今も外観は変わりませんが、積荷はありません。
桜が美しい県立公園が近くにあり、「亀池公園前」というバス停の屋根代わりとして役立っています。



よこの倉庫  To the top
Side Warehouse
横の蔵
現在はここで山椒の集荷と出荷をしております。かつては山産物でいっぱいでした。壁には100年ほど前の墨で書かれた教訓や落書きがたくさんあります。階上からの荷物の積み下ろしのため、天井の一部は開いています。上からのぞくと足がすくみます。
たぬきの倉庫  To the top
Raccoon Warehouse
たぬきの倉庫 この倉庫はしばらく使っていないうちに野生のたぬきが住みついていました。「たぬきの倉庫」と呼んでいました。中に入ると時間が止まったかのような錯覚に陥ります。

子供のころ中を探検すると、棕櫚を運びやすく立方体に固めたものがいくつも入っていてその上に上って遊んでいました。脱穀機やスクーターやボート、いつからそこに置かれていたのかも知れない時代を超えた道具たちも、棕櫚に混じってこの倉庫の中で眠っていました。



神社  To the top
Shinto Shrine
伊太祁曽神社 敷地の一角に杉檜、まき、もみ、かし等を植え込んだ自然林が造られています。
勝之助はつねひごろ、棕櫚や山椒などの山産物は、木の神様「伊太祁曽(いたきそ)大神」から授かた木の幸と感謝し、
昭和13年(1938年)、ここに伊太祁曽神社から分祀いただいて神社にしていました。
堀池(ほおり)  To the top
Pond
堀池
(ほおり)
この堀池は「ほうり」と呼ばれ、夏には一面に睡蓮の花が咲きます。冬には亀が甲羅干しをする姿も見えます。
その昔には「田うなぎ」もいて、池の大掃除の際にうなぎを採って宴会をしたそうです。横を流れる溝にはいまでも蛍を見ることができます。
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Backyard
裏の畑には毎年、春には土筆(つくし)は生え、夏にはカブト虫の幼虫が這い出してきます。ほかにもトンボや蝶々をはじめ、カエルやトカゲ、ヘビも住んでいます。
植物も多様で、季節の野菜と草花のほか、ブドウや、山桃、ザクロ、木苺、山椒、栗、柿、月桂樹、藤などの樹木もあります。

子供のころは鶏を数羽飼っていました。


野上電鉄  To the top
Pedestrian(Former Nokami Railway)
野上電鉄
線路跡
平成6年(1994年)まで、畑のむこうに野上電鉄というチンチン電車が走っていました。おじいちゃんが「おーい、まってくれ」というと止まってくれたそうです。今は遊歩道になっています。中央の2枚の写真は廃線前のものです。

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